富山の薬売り

4月3日(木)☀🌧
午前 空きあり
午後 空きなし

4月4日(金)☀
午前 空きなし
午後 空きなし

4月5日(土)⛅
午前 空きあり
午後 空きあり

 最近はちょっと腹具合がおかしいとか、風気味だなとなるとすぐ近所のドラッグストアに駆け込むが、便利なのだがついつい必要の無いものまで手が伸びてしまう。

 こどもの頃薬といえば富山の薬売りが置いていった薬箱で、いつもテレビ台の下においてあった。わたしの生まれたところは医者のいない田舎町で、夜中に急に腹が痛くなっても病院へは行けなかった。救急車もやって来れない辺鄙なところだったから、翌朝まで我慢するしかなかった。心配した親が富山の薬箱から適当な薬を選んで、それを飲んでいたが大抵は正露丸か何かだった。不思議なことにそんなものでも症状が「和らいだような気」がした。何か処置をするかしないかで、「病は気から」ではないが気分的にも安心するようだ。

 先日、川島の「くすり博物館」へ行ったのだが、飛鳥時代から現代までのくすりの歴史が展示されていて興味深かった。とくに江戸時代に越中富山の薬売りのコーナーでは、身近なテーマでもあり、長い時間足を止めてじっくり眺めた。こどもの頃年に一回薬箱を担いだ富山のおじさんがやって来て、箱の中の薬を交換し、こどもたちにはフーセンをくれたものだ。

 奥美濃の最奥に越波、黒津、大河原という廃村があるが、あの辺りまでくすり売りは行っていたようで、その記録が古びた「売掛帳」に記載されていた。現金収入の無い山奥で、戸別に薬箱を置けないから「名主」の家のひと箱だけを集落みんなで利用していたらしい。支払いは「熊の胆」や薬草との物々交換もしばしばだった。

 現在でもあの付近へは、岐阜から車で3時間ぐらいかかるが、富山のくすり売りは徒歩で雪をかき分けてでも行ったのだろう。医者などいない集落だから、一番近い医療施設のあった根尾の長嶺までどこかで一泊する必要があった。だから富山の薬売りがやって来るとなると、村を挙げて歓迎したらしい。